【取材レポート】「奇をてらわず王道の味を守る」上山の風土と、須田青果園の紅干し柿

寒風は「恵みの風」

「今年は天候に恵まれていますね。この頃は、最低気温が下がって、いい風が吹いています」

2025年11月中旬、蔵王連峰から冷たい風が吹き抜けるなか、須田青果園の須田善昭さんはそう語ってくれました。私たち清川屋の編集部が山形県上山市にある須田さんの農園を訪れたのは、まさに干し柿づくりの最盛期。オレンジ色のカーテンのように吊るされた柿たちが、蔵王の麓に乾いた秋風が吹き、少しずつその姿を変えようとしているところでした。

「干し柿には寒暖差が必要なんです。あったかいのはダメ。カビちゃうから」。蔵王からの風と、日中の陽射し、そして霜の降りるような夜の寒さこそが、極上の干し柿を作るための条件なのです。

量から質の時代へ

須田青果園の紅干し柿は、今でこそ「質」の高さで知られていますが、かつては市場への大量出荷がメインでした。「親父の時代は、とにかく量が必要という時代。でも、僕らの代は量じゃなくて質なんです」と須田さんは振り返ります。

その転機となったのは、ある一本の電話でした。農協に出荷した箱には、農家の名前ではなく「生産者番号」しか書かれていません。しかし、それを食べて感動したお客さんが、番号を頼りにわざわざ須田さんの農園に電話をかけてきたのです。

「『全国の干し柿をいろいろ食べ回ったけど、おたくの紅干し柿が一番うまいんだ』って、電話で言われたんですよ」。そんな熱烈なファンの声に直接触れるうち、「本当に美味しいものを待っている人に届けたい」という想いが強くなり、須田さんは農園のホームページをつくって直接販売したり、品質重視の路線へと舵を切りました。

そんな須田さんでも、予想外だったヒット商品があります。それが「干し柿手作りキット(原料柿の販売)」です。「お客さんから 『自分で干し柿づくりをしたいから、生の柿を売ってほしい』って言われたことがあって。でも、こちらで原料だけ売ると利益が出ないから断ったんです」。ところが、生の紅柿は市場にほとんど出回っていないことから、数量を限定して販売することに。清川屋にも、お客様から「自宅で美味しい干し柿ができました!」と、嬉しいご報告の手紙が届いています。

干し柿づくりのこだわり

干し柿づくり真っ最中の作業場には、須田さんのこだわりと地元・上山の職人技が詰まっていました。須田さんが手にしているのは、柿の軸(ヘタ)を切る専用のハサミ。柿を干す紐に引っ掛けやすい長さに均等に切れるよう、特別に作られたものです。「地元の鍛冶屋さんが、紅干し柿専用に作ってくれました」と見せてくれました。

かつて、柿の皮むきは「まともにむけるまで3〜4年」かかる熟練の技でした。現在は吸盤式の機械が導入され、初心者でもすぐに作業できるようになりましたが、それでも全てを機械任せにはできません。「上山の紅柿は形状が独特なので、機械で全部むいちゃうと、粉が出ないんです」。柿のヘタの下、ほんのわずかな部分を機械でむきすぎてしまうと、果肉の質が変わり、干し柿特有の白い粉(糖分が白く結晶したもの)が現れなくなってしまうのです。

そのため、機械でむいたあとは必ず人の手でヘタの下を一回りだけむく工程を残しています。「できる限り効率化していますが、いまだに手でむかなきゃいけない部分があるんです」。効率よりも仕上がりを優先する。職人の譲れないこだわりです。

皮をむいた柿は、屋外に吊るして約2週間ほど外気に晒します。その後、天候をみながら乾燥用の室(むろ)や室内に干したりしながら、じっくりと味を凝縮させていきます。目指すのは、硬くなる直前の水分量。「あんぽ柿の水分が37〜38%だとしたら、うちの干し柿は28%くらいまで落とします」。

収穫して皮をむき、吊るして干す──。干し柿づくりは、原料も工程もシンプルだからこそ、繊細な作業と判断が求められます。その積み重ねによって、あの濃厚な甘みが生まれるのです。

奇をてらわず王道の味を守る

須田さんは産地の未来について語ってくれました。「同世代の作り手は、もう10人もいないんです。僕らがやめると、もう産地がなくなっちゃう」。上山の特産である「紅柿」の干し柿。その伝統が途絶えることへの危機感が、須田さんを突き動かしています。

「ちゃんとしたものを作って届けたい。『これが紅柿の干し柿なんですよ』というものが、後世に伝わればいいな、と」。奇をてらうのではなく、王道の、本物の味を守る。「まあ、そのうち(息子たちも)分かってくれんじゃねえかな、なんて気はするんですけどね」。

【取材後記】
帰り際、柿のカーテンの前で写真を撮らせていただくと、「今日は最高の“干し日和”です」と笑顔を見せてくれた須田さん。その言葉通り、手間ひまをかけて作られた須田青果園の干し柿は、今年も美味しく仕上がっています。

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紅ほし柿

「紅柿(べにがき)」は300年ほど前に上山市で芽吹いた希少な品種で、渋みが強いですが干し柿にすればその渋みが甘さに変わります。蔵王の麓の乾いた秋風に揺れる干し柿は、山形晩秋の風物詩です。

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